百夜神楽作者:■■■■■■

シナリオ概要
タイトル 百夜神楽(ももよかぐら)
舞台 小さな山村
人数 秘匿HO・4人(新規限定)
時間 ボイスセッションで9時間〜
ロスト 中~高
必須技能 〈目星〉〈聞き耳〉〈図書館〉
推奨技能 〈心理学〉〈歴史〉〈交渉系技能〉〈応急手当〉他、身を守る技能
含まれる要素 グロテスクな描写・家族に関わる話題・理不尽な展開・行動指針の更新
あらすじ(PL向け)

君たちは幼馴染で、山奥の田舎にある「千代見(ちよみ)村」の高校生三年生だ。
君たちは物心ついた頃から親しく、お互いの事を大切に思っている。

もうすぐ村では星見祭りが行われる。村民総出で行われる村の伝統的な祭事だ。
この祭りでは九年に一度、「舞くらべ」と呼ばれる、村で最も優れた舞人を決める行事がある。
もっともすぐれた舞人は「黄菊」と呼ばれ、「百夜神楽」を継承する権利を得るのだ。
君たちはそれぞれ様々な理由から「黄菊」を目指している。

PL向け事前情報

公開ハンドアウト

学生探索者作成ルールに則るか、EDU上限(18歳のため、12まで)を守ること。
また、〈芸術:舞〉の上限値は70までとする。

HO1:隠君子(いんくんし)
君は村長の家の子だ。君は舞には誇りがある。〈POW〉+1
責任を背負いたい人に。

HO2:大般若(だいはんにゃ)
君は村の嫌われ者だ。君の舞には美しさがある。〈APP〉+1
理不尽に耐えられる人に。

HO3:隠逸花(いんいつか)
君は村の余所者だ。君の舞には自由がある。〈DEX〉+1
光属性になりたい人に。

HO4:形見草(かたみぐさ)
君は村の人気者だ。君の舞には強さがある。〈STR〉+1
大きな器になりたい人に。

シナリオ本文

秘匿導入

HO1

各HOの個別導入はそれぞれ秘匿で行う。

「隠れて舞の稽古をしていないだろうな」

父・松葉の声はいつも唐突だった。
二人だけで暮らすには随分広い我が家は、先祖代々受け継いできた広大な平屋だ。
避けようとすれば、顔を突き合わせずに過ごすことは困難ではない。
けれど朝食と夕食はどれだけ避けたくとも、同じ食卓につく事が家の仕来たりだった。

「どうなんだ。言い付けは守っているのか」

朝食越しに投げつけられる父の声は硬い。君は彼に稽古を禁じられていた。

会話の時間をとる。稽古をしていないと答えるなら、松葉は怪しむような目を向けて「それならいい」と答える。稽古をしていると白状するなら父は怒りをみせ説教の姿勢に入る。

「お前に舞の才能などない。お前が励むべきは勉学で、次の村長として立派な跡取りになる事だ。いいな。次の舞くらべに出ようなど、余計な事は努努考えるな」

そう言って、松葉は食事を終え書斎へと戻ってしまう。

〈アイデア〉〈心理学〉
成功:彼にしては説教が短くあっさりとしていた。まるで他に何か気掛かりな事があるかのようだ。最近は書斎に篭りがちだ。
失敗:彼にしては説教が短い。

これらを日常として受け止めるか、それとも沈痛な言葉と受け止めるのか。いずれにせよ彼に舞の技術を認められない事は君にとって不本意な状況である事は確かだ。
君も食事を終えたら登校の準備をして、学校に向かう。
君にはすべき事があった。

・・・

しかし真っ直ぐ教室には向かわない。
君は学校裏手の空き地にて待ち合わせをしていた。
商店街の裏と校舎の影になっており、近くには田圃と畑が広がるばかり。
傍にでんと鎮座する大きな地蔵以外、この空き地を覗く者はあまりない。

「よう。遅刻かと思ったぜ」

幼馴染の貴船秋明(きふねしゅうめい)は君の顔を見るなり、微かに表情を和らげる。
君は今日ここで父に隠れて、彼と舞の稽古の約束をしていたのだった。

会話の時間を取る。秋明は{HO2}以外の幼馴染に対しては気易く接する。
あまり表情豊かではないが、ある程度男子高校生らしい応答を意識する。

「よし。朝礼が始まる前にひと差しやっちまおうぜ」

古いカセットプレーヤーを設置し、扇を取り出して、秋明は舞の準備をする。
しかし今このようにして彼と稽古をするようになったのはここ最近の話だ。
秋明は元はどちらかと言えば{HO2}と最も親しかった。しかし、舞くらべの年が近付くにつれ、彼は{HO2}と反目し合うようになっていったのだ。

「どうした? 変な顔して」

HO2について言及した場合、秋明は少しだけ嫌そうな顔をして話を逸らそうとする。
「話を逸らそうとした」とはっきり描写してもよい。
秋明はHO2のサポートNPCであるため、秋明の関心はHO2にある事を明確にしておく。

「ほら、時間なくなるぞ。構えろ」

秋明はそう言って、カセットプレーヤーのボタンを押した。
笛太鼓の囃子が響きはじめ、神楽の神唄が金色をした秋の風に乗る。
残暑に息が熱を帯び、汗が珠の如く肌を伝い落ちる。
月が夜毎姿形を変えるように、刻一刻と変化する振り付けを淀みなく辿る。
「月の舞」は君が最も得意とする型だ。

〈芸術:舞+POW〉
成功:囃子の音色に合わせてあなたは振り付けの動作をなぞる。今日はいい調子だ。
失敗:今朝の父の言葉が尾を引いているのか、今一つ気が入らない。

成功の場合は「気合入ってんな」失敗の場合は「調子悪いのか?」と秋明から一言添える。

区切りのよい所まで舞い終えると、秋明がプレーヤーを止める。
気が付けばすっかり時間が経っていた。幼い頃はこうして、{HO2}や{HO3}、{HO4}と秋明と共に日が暮れるまで舞っていたことを思い出す。

「そろそろ教室行くか。放課後も稽古するだろ。そろそろ星見祭りも近いしな」

秋明は片付けを済ませ、鞄を手に取り校舎へ歩み出す。
そう、あと一週間もすれば星見祭りの日だ。
今年の星見祭りは九年に一度の特別な催し、「舞くらべ」がある。
この千代見村で最も優れた舞人、「黄菊」の座を競う。
君は「黄菊」を目指している。君が憧れ敬愛した、かつての父のように。


HO2

野菊の咲き乱れる原っぱで、彼と舞うのが好きだった。
鈴や扇の採り物の代わりに、芒や木の枝を振り上げて、くるりくるりと何度も舞った。
大人ぶった仕草で、しずしずと袖を振る秋明を真似る。彼の舞が好きだった。
君たちは一対の花の精だった。
見つめ合いながら、袖を触れ合いながら、いつまでも、いつまでも踊っていたかった。

・・・

「駄目です。全く、なっていない!」

母の高圧的な叱責が響き渡る。
びしりと鋭く扇で腕を叩かれた。稽古場となっている自宅の板間を、取り落とした自分の扇が滑っていく。
父は溜息を吐いて稽古場を出ていった。母の説教が長くなる事を悟ったのだろう。今日は登校前に朝食を食べられないかもしれない。

「そんな事で黄菊になれると思っているの。どうなの!?」

苛立ったような声が耳に障る。何を言っても叱られる事は目に見えていたが、答えない事は許されていなかった。

会話の時間をとる。どのような返事をしても、粗探しをして何かにつけて怒鳴る。
祭りの日を目前にして気が昂っており、正常な状態ではない。

「今年こそ黄菊の座を我が家のものとしなければ、家名の名折れです。恥を晒すような者は我が子とは思いません。必ずあの{HO1姓}家と{HO4姓}家の子供たちに勝ちなさい」

返事を待つ。

君が返事をすれば、母はさあもう一度とばかりに扇を握らせる。
落としたせいで少し罅が入ってしまったようだ。
これは昔秋明と揃いで誂えた扇だったのを思い出す。けれどこの所彼がそれを持っている姿を見た記憶はない。

〈芸術:舞+APP〉
成功:先程指摘された部分をなんとか修正することができた。
失敗:今度は別の振りへの叱責が飛ぶ。「何故できないのですか!」

君が得意とする「花の舞」は雅で繊細な動きを求められる、優美な型だ。しかしとてもではないが、そのような舞を表現したいような心境ではないだろう。
苦痛としか言えない稽古の時間を終えると、やはり朝食の時間はない。
登校の準備をして、急ぎ学校に向かう。

・・・

疲労した足取りを引き摺って学校へ向かう。
よほどひどい顔をしているのだろう。声を掛けてくる生徒はなく、皆君を遠巻きにしている。恐々としながらひそひそ噂を囁く姿もあった。

「{HO2}、おはよ! 元気ないね、具合悪い? あ、稽古で疲れちゃった?」

しかし、同級生の熊葛段は物怖じすることもなく快活に話しかけてくる。
彼は転校生ではあるが、村に越してきてからはもう数年経っている。
幼馴染たち共々、君に話し掛ける事を厭わない数少ない人物のひとりだ。
君が素っ気無く応じようともあまり気にした様子はない。

会話の時間を取る。体調を気遣ったり、稽古の様子を聞いてきたりする。
この時点では純粋な善意からであり、秋明の指示はまだない。

「僕も今日{HO3}と稽古してきたんだよ。でも皆には全然及ばないなあ」

段は{HO3}に特に懐いているようだった。転校当初、{HO3}が進んで彼の面倒見をしたからかもしれない。そういえば何かにつけて{HO3}の話を聞く。

「あ、秋明! おはよ、そっちも朝稽古?」

秋明は声を掛けてきた段に一瞬気を取られたようだが、君が一緒にいるのを見ると露骨に眉根を険しくした。

「そっちも? {HO2}、お前まだ黄菊を目指すつもりじゃないだろうな」

会話の時間を取る。何と答えても、秋明はHO2が黄菊を目指している事を疑い、難色を示す。しかしそれはHO2の身を案じるがためであり、HO2の才能を貶すような言葉は吐かない事に注意。

段の瞳には強い非難の色が浮かんでいた。両親からの黄菊になれという圧も気持ちの良いものではないが、秋明の視線はそれより一層厳しい。

「{HO2}、お前は黄菊になるべきじゃない。お前には相応しくない」

そう言い捨てると、背中を向けて足音荒く教室へと去って行ってしまう。
段は不思議そうな表情を浮かべて見守っていたが、気を取り直したように君へ視線を向ける。

「……秋明、機嫌悪いね。気にしなくていいよ。僕は{HO2}の舞、好きだよ」

──おれ、{HO2}の舞がすきだ。
遠い日の、幼い秋明にかけられた瑞々しい言葉が、耳の奥に蘇ってくる。
いつからこんな風になってしまったのだろうか。{HO1}と、{HO3}と、{HO4}と、それから秋明。幼い頃は皆で舞うのが幸福で仕方なかった筈なのに。
今は舞は君に課せられた責務であり、彼と君を隔てるものであった。

「僕たちもそろそろ教室入ろうか? ……げほっ、けほ」

ふと、段が咽せ込むような咳をする。
体をくの字に折り曲げて暫く喘いだあと、へらと気の抜けた微笑を浮かべた。

「へへ。風邪かなあ……学校終わったらまた忍先生のとこ行かないと」

〈アイデア/医学〉
成功:風邪の咳にしては妙に肺に響く嫌な咳をしていた。顔色も随分悪い。このままでは祭りの日のコンディションに響くのではないかと思う。
失敗:今感染しては星見祭りの日のコンディションに響くだろう。

あと一週間もすれば星見祭りの日だ。
今年の星見祭りは九年に一度の特別な催し、「舞くらべ」がある。
この千代見村で最も優れた舞人、「黄菊」の座を競う。
君は「黄菊」を目指している。君にはそれしか、己の価値を証明する術がない。


HO3

大輪の菊の花が、背の丈より高かった頃だ。
幼い少年が膝を抱えて、菊花の影に隠れて泣いていた。
寂しいのだと、独りぼっちなのだと、村に馴染めない余所者のその子は瞳に白露のような雫を溜めていた。
だから、手を差し伸べたのだ。かつて自分がそうして貰ったように。
少年は──段は目を丸くした。
そして、さっき泣いた烏がもう笑ったとばかりに、微笑んだ。

・・・

「あいた!」

間の抜けた声がして、段がすてんと足を滑らせて転んだ。
君たちは川の近くの公園で、登校前に舞の稽古をしていた。
幼い頃から皆でよく遊んだ川辺の公園には、朝が早いため誰もいない。
大きな岩地蔵がじっと君たちを見守るばかりである。

段もこの千代見村に越してきて数年は経っているが、神楽は何年もかけて身に付けるものだ。君の得意な「鳥の舞」は段にはまだ難しかったのかもしれない。

会話の時間を取る。段はHO3からの指導を受けたがる。どこが良かった、悪かったなど。

「うーん……よし、もう一回だ! もっかいやろ!」

段は気落ちすることなく、再度鈴を手に取る。
君も共に姿勢を整えた。「鳥の舞」は幾度も跳躍をする振付けの型である。

〈芸術:舞+DEX〉
成功:身軽に何度も跳躍をする事ができる。これが君の得意な型だ。
失敗:身軽に何度も跳躍するが、少し着地が決まらなかった。

「うわあ、かっこいい! さすが{HO3}!」

舞が終わると段は自分の舞の振り返りをそっちのけに、嬉しそうに君の舞へ惜しみない拍手を送る。

「これならきっと、次の舞くらべでは{HO3}が黄菊になれるよ」

段とそう話をしていると、公園の側を誰かが通りがかる。
小さな村で、殆どが顔見知りだ。君は勿論その人が誰か知っている。
{HO2}の父とその取り巻きだ。{HO2}の家は村長家に次ぐ古い家柄だと聞いている。
神事や祭祀が中心の村長家に対して、祭りの実行委員は{HO2}の家が中心だったはずだ。

「余所者が……村の舞を真似るなど、烏滸がましいにもほどがある」

こちらの耳に入るように、わざとらしく囁き交わす声が聞こえた。
それから歩み寄ってくると、にっこりと薄ら寒い笑みを浮かべて話しかける。

「君たち、熱心なのはよい事だが、すこし囃子の音が大きすぎるな……まだ朝だよ」

毎日神楽の音色や畑仕事の田唄が聞こえてくるような村で、この程度五月蠅かろう筈もない。
しかし、君が強く反抗すれば迷惑がかかるのは君を大事にしてくれる義両親である。

会話の時間をとる。HO2の父はちくちくとHO3と段に嫌味を言って辛く当たる。反抗的な態度を取るなら義両親や教師の名を出して脅してもよい。

「それから……黄菊は村の名誉なんだ。そう易々と手に出来る座ではないからね」

ま、無理のないように。そう釘を刺す{HO2}の父の瞳は「図に乗るな」とあからさまに不快感を滲ませている。やがて取り巻きと共に公民館の方へと去って行く。きっと祭りの準備の打ち合わせがあるのだろう。

「そろそろ……学校行こうか」

段はへらりと眉を下げ笑う。君たちにとっては残念な事に、慣れた出来事でもあった。
登校の準備をして、急ぎ学校に向かう。

・・・

学校へ向かう道中、「あ、ちょっと!」という軽やかな声に足を止められる。

「おはよ! 二人とも汗びっしょりね。稽古してたんでしょう?」

にこやかな笑顔を浮かべるのは、白衣姿の妙齢の女性だ。

「あ、忍先生。おはようございます!」
「おはよう。今日は段くんも元気そうでよかった」

{HO4姓}忍は、年の離れた{HO4}の姉だ。君たちにとっては昔から良き先輩であり、今は村の診療所で医者をしている。
そして彼女は9年前の舞くらべの「黄菊」だ。彼女の凛々しい舞を、{HO3}も記憶している事だろう。

会話の時間を取る。体調を気遣ったり、稽古の様子を聞いてきたりする。
HO3が段の体調に言及してきた場合、「ちょっと風邪っぽくて」と言って誤魔化す。

「今年は皆も舞くらべに挑戦するのね。頑張ってね」
「忍先生も白菊の役をするんでしょう?」

白菊とは前回の黄菊に与えられる称号だ。
今年の黄菊が、白菊から百夜神楽を継承する権利を得る。つまり忍が今年の白菊になるはずだ。

「いいえ、今年は……村長さんにお願いしたの」

しかし忍は曖昧に笑って段の問いを否定した。

既に中身はミ=ゴであるため、白菊に相応しい舞の技術はない。
理由を聞かれると曖昧に誤魔化す。

「そうだ、{HO3}……ちょっといい? 段くんは先に行っていてね」

忍は{HO3}のみを引き留めて段を登校させる。
段が行ったのを見ると、忍は声を潜めて告げた。

「段くんね、最近ちょっと体調悪いみたいなの」
「でも本人があの調子だから、{HO3}がよく見てあげてくれる? いつも一緒にいるでしょ」

HO3が了承すると「お願いね」と安心したように微笑む。何かの病気?と聞かれると「まだはっきり分からないの」と誤魔化す。実際は、段のクローンとしての耐用限界が近付いているための不調である。

{HO3}、と呼ぶ段の声が耳に蘇る。
幼子が父母を頼るみたいに、無垢に伸ばされる段の掌。
君たちは村の大人に排斥され続けてきた。君を受け入れたのは幼馴染たちだけであり、段を受け入れたのも君たちだけだった。
けれど、鳥籠の鳥のように奇異な目で見られ続ける時間も今年で終わりだ。
今年こそ彼らの目を明かしてやることが叶う。

あと一週間もすれば星見祭りの日だ。
今年の星見祭りは九年に一度の特別な催し、「舞くらべ」がある。
この千代見村で最も優れた舞人、「黄菊」の座を競う。
君は「黄菊」を目指している。君は村の名誉になる事が出来るだろうか。


HO4

採り物の青葉がひらめく度に、目を奪われた。
反閇の足音と共に、くるりと大きな輪舞。躍動あふるる袖のはためき。凛とした眼差し。金の鈴がしゃんしゃんと鳴り渡る。まわる度に挿頭が光る。風を纏う、金色(こんじき)の煌めき。
君の姉は当代きっての舞人だった。物腰穏やかな優しい姉が、神楽殿に立った瞬間はまるで女神のように神聖な面持ちになる。くがね、とは黄金という意味だと知った時、それは姉の舞の事だと思った。

しかし彼女は黄菊になってから後、舞う事を辞めてしまった。
風が止んでしまったように、凪いだ面持ちをして。

・・・

「どうした」

{HO1姓}松葉の声がして、君の意識は引き戻される。
放課後、君は{HO1姓}家で稽古をしていた。村長である松葉は{HO1}の父であり、今はあなたの神楽の師でもある。
少しだけ、昔の事を思い出していた。まだ姉が舞をしていた頃の記憶。

会話の時間を取る。何でもないと返せば「それなら集中しなさい」と、姉の舞の事を思い出していたと返せば「そうか。彼女は優れた舞人だった」と短く答える。

「さて、もうひと差しで今日は終わりにしよう。構えて」

松葉の声掛けに君も背筋を正す。息を吸い、朗々とした唄いが始まる。
「風の舞」はつむじ風のように幾度も回転する。君の得意とする舞の型だ。

〈芸術:舞+STR〉
成功:体幹を安定させ、くるりくるりとブレる事なく何度も旋回出来る。
失敗:少し体の重心が安定しなかった。回転の軸がブレたような気がする。

ぱん、と手を叩いて松葉は稽古の終わりを告げる。

「明日からは私も祭りの用意がある。当日までは自ら稽古に励むといい。私が出来るのはここまでだ」

あと一週間もすれば、星見祭りの日だ。
九年に一度の「舞くらべ」の儀も、もう間も無くである。

「今年の白菊は、君の姉の代わりに私が努める事になった。……立場上、講評に手心は加えられないが、良い結果になるよう願っている」

〈アイデア/心理学〉
成功:そう告げる松葉の表情がどこか悲しそうな、憐れむような眼差しに見えた。
失敗:何か思う所があるような雰囲気だ。

会話の時間を取る。忍が舞を辞めた理由については「正確な所は私にも分からない。だが、……いや、憶測で彼女の代弁をするようなものでもないな」と言葉を濁す。HO1の事を尋ねるのなら、「あれは黄菊になるべきではない」と短く答える。

松葉に別れを告げて、君は家へと帰る。
帰る道すがら、村の人々は君の姿を見ると口々に褒めそやした。

「村長さんとこで稽古の帰りかい? 感心だねえ、姉ちゃんも鼻が高いだろ」
「星見祭りで{HO4}の舞が見られるのがワシゃ楽しみでねえ」
「ホラこれ、山菜炊いたンあるから持っていきなあ」

娯楽の少ない小さな村で、九年に一度の「舞くらべ」は村中の興味関心の的だ。
前回黄菊になった忍の妹ということで、君には注目が集まっているらしかった。
近頃は村長が目をかけているらしいという噂も相俟って、君の評判は鰻登りだ。
その事実に、君がどのように思っているかは、さておき。

・・・

「あら、おかえり{HO4}! 村長さんのところで稽古?」

自宅へ戻ると、姉の忍が家に来ていた。
姉は今、診療所で千代見村唯一の医師として働いている。
黄菊になり、高校を卒業した後、姉は村外の大学に通って医者になったのだ。
それが舞をやめた原因のひとつかとも思ったが、彼女から明確な答えを得られた事はついぞない。

「{HO3姓}さんからお芋のお裾分けを貰ったから、今日は肉じゃがよ!」
「明日から潔斎のために肉精進がはじまるでしょ、今日のうちに沢山食べておくのよ」

そう、忍はにこにこと笑顔で、君に手料理を振る舞う。
普段の彼女は、赴任してきた医師のために診療所に併設された部屋で生活している。こうして実家に帰ってくるのは随分久しぶりだ。

食事をしつつ、会話の時間をとる。稽古の様子や、学校での様子などを尋ねて世間話をしつつ、朗らかな姉の様子を演じること。ミ=ゴの姿とのギャップを作る。

「そういえば最近、{HO3}と段くんは学校でどんな感じ?」

会話の合間、忍はふと尋ねる。
近頃姉は{HO3}と段の事をよく気にしているらしかった。
元から面倒見はよく、{HO1}、{HO2}なども交えて君たちの世代ともよく遊んでは舞を教えてくれていたが、その中でもこの所、{HO3}と段の話題はよく上がる。

「何もないならいいんだけど。気が付いた事があったら教えてね」

気に掛ける理由を問うなら、「星見祭りが近いから。今年は舞くらべもあって皆そわそわしているし、疎外感を感じていないと良いんだけど」とはぐらかす。

「もう直ぐ舞くらべね。お姉ちゃん、{HO4}の舞が見られるのを楽しみにしてるから」

何故今年の白菊を辞退したのかを聞くなら、「もう昔みたいに舞えないから」と答える。舞わなくなった理由を問うなら、「{HO4}が黄菊になれたら教えてあげる」と返す。

君を見つめる忍の目がどこか寂しそうな事に気が付いた。
ずっと背を追い掛けてきたのに、彼女はどうして九年前の舞くらべを最後に、舞う事を辞めてしまったのか。「黄菊」の座、そして百夜神楽には一体、何があるのか。
金色の光が散るような、忍の神楽を脳裏に描く。
今の君は、あの時の彼女の姿に少しでも、近付けているのだろうか。

あと一週間もすれば星見祭りの日だ。
今年の星見祭りは九年に一度の特別な催し、「舞くらべ」がある。
この千代見村で最も優れた舞人、「黄菊」の座を競う。
君は「黄菊」を目指している。君は姉の真意を知る事は出来るだろうか。

ジョン・ドゥの指揮

匿名型シナリオアンソロジー企画
Detail 特設ホームページにて、シナリオを作者匿名で無料公開! 期間中、全てのシナリオの作者を当てられた閲覧者にシナリオデータが プレゼントされる非公式CoCシナリオアンソロジー企画です。
  • writer
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