リレー小説公開 2024年06月02日

先日、企画に参加頂いているシナリオ作者さんたちでリレー小説を行いました。
テーマは「ジョン・ドゥの指揮」。
文字数制限はなく、前の人の文章に繋げるようにして好きに執筆して頂きました。

ジョン・ドゥの正体を暴く為のひとつのヒントとして、みなさまに公開致します。

gozo

まいった、神がお怒りになる。

この村には言い伝えがあった。百年に一度、この地を治める神がお目覚めになると。私たちは神がお怒りにならないように音楽を奏で、それを鎮めなければならないのだと。それはこの世界が神に愛されるべきものだということを証明するもので、もし不要だとでも判断されようものなら、世界は滅んでしまうのだと。

そんな荒唐無稽なことを信じるなという者もいた。非科学的だとなじる者もいた。だがしかし、度重なる、非人為的で前例のない異常の連続は、人々に儀式の遂行を急がせ、ちっぽけな村の予言を信じさせた。

百年に一度とは、頻度が高すぎるのではないかと私は思うのだが、その頻度の高さ故に、恒例の行事として対策がとられ続けているのもまた事実で、その点においては幸運と呼べたのかもしれない。何百年か前、方法が確立され、書物に記されてからは、神の制裁を受けたことがない。少なくとも、書面上はそう書かれていたはずだ。

来たる儀式の日付の一年前、書物が保管されているはずの蔵を開けた私たちは、淡い幻想を打ち砕かれ絶望した。本当は鍵が空いていた時点で覚悟した方が良かったのかもしれない。しかしそんな時間さえ私たちにはなかった。

私たちはーー書物を、神を鎮める唯一の方法を、山羊が食べ終わったところに遭遇したのだ。

路傍の林檎

何か。何か他にある筈だ。これ以外にも儀式について記されたものが、あるいは神を鎮める別の手段が。世界存続の希望がこんな形で失われただなんて到底受け入れられない。そうでなければ、これは残り一年の余命宣告に等しい。

忙しく空回る頭に反して足は地に縫いつけられたかのように動かない。確信を得るのが恐ろしかった。「そんなものはどこにもない」と。だから真横に裂けた瞳孔をただ見ていた。そのせいで、幸か不幸か気が付いた。

山羊の腹から絶えず音楽が鳴り響いている。

トドノツマリ海峡

___山羊の腹から 音楽が…?

思わず僕はそう声に出した。それからワンテンポ遅れてやっと眼鏡のズレを正した。
僕がこの手記を手に取ったのは、五月晴れの空の下を風が吹き抜ける初夏だ。旅人である僕はひょんなことから辺鄙な村に迷い込み、これまた偶然手記を発見したのだ。

この黴臭い手記が残され、そして今日(こんにち)まで世界が存続していることから、おそらく奇妙な山羊が神を鎮める唯一の方法となったのだろう。いや、でも、どうやって…?
あれやこれやと想像が止まらない。僕はすっかり手記に残された古の神秘にのめり込んでしまった。

僕は慎重な手つきで恐る恐る次のページを捲る。手記の物語の続きは以下の通りだ。

朝おきて白湯

山羊の腹から響くその音楽は、私たちが今まで聴いてきたどの音楽のそれとも似つかないものだった。それは音楽というよりも、単調な音の連続のようにも思えた。

しばらくその疎な音の集合体に気圧されていた私たちだったが、私たちのうちの一人、儀式を進行する団体のうちで一番の新人にあたる男が、不意に声をあげた。

「腹を裂きましょう」

私たちは眉を顰めて彼の顔を見た。言葉の尻こそ震えていたが、彼の表情は至って真剣で、それ以外に手段はないのだということを私たちに知らしめた。その時の私たちは、とにかく、目の前の蓄音獣と、一年後に訪れるであろう恐ろしい未来に怯えきっていて、正常な判断を下せなかったのだ。

私たちは山羊を殺すことに決めた。
そして、私たちはまず山羊の息の根を止める為、周辺にあった手頃な棍棒を握り込んだ。

数刻後、一同は「捕らえた犯人」を引きずって村に戻った。
村民は、最初こそ困惑していたが、団体の説明を聞いてすぐに血相を変えた。
中央に磔にされたそれを取り囲んで、口々に叫ぶ!裏切り者!悪魔め!

制して、団体が尋問する。
——蔵の鍵を開け、家畜に書物を喰らわせたのはお前だな?
「彼に、そうするように言われたんだ。」
——誰に言われたというのだ。
「『ジョン・ドゥ』さ。」

揶揄われた、と。一拍置いて顔を真っ赤にした群衆を、鼻で笑う。

「鎮める神の名前すら知らずに、お前らは山羊を手に掛けた!」
「昨日今日来た俺の、たった一言で!誰もが凶器を手にした!」
「それでよかったんだ!その音楽さえなくなれば…!」

山羊は呑気だ。男の最期の視線すら気にせず、音を響かせ続けていた。

櫻庭

「……まさか」

先ず男が絶句し、次いで村人達が音のする方に目を向けた。
そう、山羊は呑気にも、生きている。
数刻前に棍棒で滅多打ちにされ、亡骸を転がされていた筈の蓄音獣。犯人の供述が済み次第腹を裂き、儀式の手引きを記した書物を胃の腑から引き摺り出される筈であった、山羊が。
奇妙な沈黙が落ちる。
山羊の腹から聞こえる単調な音ばかりがその場を支配した。
さながら音楽の拍のような異音が響く中、山羊は瞳孔が水平のように凪いだ瞳をにっと細めて——嗤った。

いかにも。

それは若い男の声のようであった。
違う。歳振りた老婆のようでもあり、生まれたばかりの赤子の泣き声のようにも聞こえた。目の前の男の声のようでもあり、己の声のようでさえあった。ジョンであり、ジェーンであり、何某と名付けるのであれば誰でもない。
ただ"声"として認識可能なその情報は鼓膜からではなく、人々の脳裡にそのまま天啓が如く降りてくる。

"犯人役"の男は磔にされたまま、滂沱と涙を流した。はちきれんばかりに胸を膨らませ、半狂乱に歓喜の歌を叫び出す。
確かに彼は、ジョン・ドゥの指揮に従い、見事に前奏を演じたようだった。

「主は……主は来ませり!!」

そう快哉を叫んだ途端、パン、と破裂音と共に四肢と胴体が弾け飛ぶ。
続けざまに、周囲を取り囲んでいた村人達の体も次々と、風船を弾くような軽快さで砕け、飛び散り、朱色の飛沫を撒き散らしながら死んでいった。
悲鳴と恐怖の哄笑が狂気的なコントラストを加え、旋律を華やかに彩る。
山羊は……山羊だったものから、真横に裂けた瞳孔がめりめりと音を立てて割り開かれ、何かが這い出てくる。

私は立ち竦んでその演奏を聞いていた。
無理もない事だ、と麻痺のかかったような頭は思案する。
100年に一度目覚める神があったとして——それが、何らかの姿をとってこの地にあったとして。叩き起こされれば、1年も100年も関係のないこと。
今、名もなき神は少し早めの起床を果たし、そして、自らのための音楽を奏でている。

喪花

その時。
手に手に楽器を持った人間たちが、名もなき神の前に立ちはだかった。
その姿を見た村人は口々に「あれは…旅人!?」「なぜあやつらが…!」と驚嘆の声をあげている。

───数日前から、村には遠くの地から訪れたという数人の旅人が滞在していた。
聞くところによると、旅人たちの目的は「山羊の神の再来を阻止すること」らしく、まさかこのような事態に陥る事になるとは夢にも思っていなかった村人たちは「旅人さんたちは面白い冗談を言うものだ」と笑っていたのだ。

その旅人たちは今、宇宙のように未知であり深淵のように悍ましい神を真っ直ぐに見据えている。
…なぜ、あのような存在の前で狂わず、正気でいられるのだろうか。

旅人たちは互いに目配せを交わし、1人がバイオリンの弓を弦に滑らせる。
神の演奏の渦中、その旋律は暗雲に射した一縷の光のようにはっきりと響き渡った。
そこにビオラやチェロ、フルートが加わり、その光をより一層まばゆく確かなものにする。
草原を駆け抜ける馬のような疾走感と、確かな力強さを感じるその演奏は、次第に神の音色をも包み込んだ。
その旋律と光景に、村人たちはただ口を開けたまま釘付けになっていた。

…そして、演奏は徐々に丸く穏やかなものへと変化していく。
山羊だったものから這い出ようとしていた混沌は、徐々に形を小さくし…
子守唄のように優しい音色に包まれながら、神は再び深い眠りにつくこととなったのだ。





それから、旅人の指示の元、一度は山羊に食われてしまった『神を鎮めるための楽譜』は復元され、再び蔵に保管される運びとなった。
この村…いや、世界の危機を救ってくださった旅人は、『世界の危機の根源を探し求め、解決する』ことから『探索者』と呼ばれている、手記は締めくくっている。

「探索者……」
眼鏡と手記を机に置き、息をつくと同時にそう呟いた僕の頬を、そんな過去があっただなんてまるで嘘だと言わんばかりに穏やかな五月の風が優しく撫でた。

ジョン・ドゥの指揮

匿名型シナリオアンソロジー企画
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